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食道発声と電気式人工喉頭とのカラオケ比較
小笠原和人(小田原教室)


 手術を受ける前は、口や鼻から肺 に吸い込んだ空気を吐きだしなが ら、喉頭の中間にある声帯を振動さ せて昔を出していた。
 そして、その昔を原音とし、唇、 歯、舌、軟口蓋、喉、鼻腔などを調 音器官として使い、その組み合わせ や形状を微妙に調節しながら母音や 子音を発声し、さらに高低や強弱を 加えて言葉にしていた。
 声帯を摘出した後、食道発声の場 合、肺呼吸の空気とは違い、別途、 食道内に空気を取り込み、それを逆 流させて食道入口部粘膜のヒダを新 声門とし、声帯の代わりに振動させ て発声する。
 この原音と呼ばれる音さえ出せた ならば、前述の調音器官を手術前と 同じように使って言葉にすることが できる。
 健常者の声帯の原音は、首に聴診 器を当てて聞くことができるが、基 本周波数(FO) が約100Hzのノコギ リ波(鋸歯状波)と言われている。 この原音が、調音器官を音声フィル ターとみなして母音に変換される様 子は、声道模型で説明できるように なってきている。

 声道傾型によれば、母音が生成さ れる過程は、声帯原音の基本周波数 スペクトルが、声道フィルターとし ての伝達関数によってフィルター処 理される。
さらに放射特性によって 高周波領域が強調されて、最終的に 母音の共鳴周波数(フォルマント周 波数) スペクトルが観測される。  原音の基本周波数のみを変える事 によって、様々な高さの母音をつく り出すことができる一方、原音の基 本周波数を変えずに、口の形を大き く開くと「あ」音になり、舌と口蓋 の間で狭めを口腔の前方に作れば 「い」 の音になる。
 例えば、声道の長さを17cmとし、 片側が閉じた共鳴管で近似した場 合、「あ」音の第一共鳴周波数(F1) は500Hz、「い」音のF1は240Hzとな る。

 人間の声道を模擬した声道入口部 に接続する音源として、笛式人工喉 頭がよく用いられる。
肺を模擬した 風船から空気を送りこんで、母音の 出る事をデモンストレーションでき るからである。笛式人工喉頭の 「ブ ー」 という100Hz程度の振動音が、 喉摘者の口腔内に導入されると、声 道内を振動音が行き来する間に母音 に変換される。笛式人工喉頭以外に、 電動式人工喉頭も用いられる。
外部 から喉に振動音が声道に伝われば、 振動音が声道で共鳴して、母音に変 換される。

 手術前の声帯から先の調音器官 は、変化していないので、食道発声 法と電動式人工喉頭との違いは、声 の声質(音の高さ、強さ、音色)か ら比較できる。すなわち、食道発声 書と電動式人工喉頭の遠いが、その 音色の遠いとして認識されることに なる。
 食道発声でカラオケを歌う場合、 2オクターブの声域を持つ人もい る。裏声を出せれば、3オクターブ に広がるが、少数に限られる。
さら に、基本周波数が不規則なため、誰 が唄っているかを聞き分けることが できる程、その音色が、各人で異な っている。音の高さだけでなく、延 ばせる声の長さや、強さにも限界が ある。

 シャント発声法は、声の長さ、大 きさは改良されるが、音の高さには 限界がある。
高い声を出す時に肺か らの呼気を強めるのに、無理に食道 入口部粘膜を絞るので摩擦による雑 音が増えるため嘆声(しわがれ声) になるからである。
空腸で再建した 喉摘者がシャント手術をした場合、 食道が太い人は、肺からの空気が食 道に注入されると振動部分の開口面 積が大きくなるので、母音の明瞭度 が低下し易い。
この理由はホーンス ピーカーのドライブユニットを声道 模型の音源として用いた実験で、開 口面積が2.6cmの場合より詰め物 をして0.3cmと細くした方がはっ きりしたフォルマント構造が観測さ れ、明瞭度が増すことがわかった。

声道模型では、音源部分と声道模型 部分が分離独立していると仮定しな いとうまく説明できない。
再建者の 空腸は、空気が通らない場合は潰れ たゴムチューブの状態になってお り、口側で開いた共鳴管で良く近似 できる構造となっている。空気が通 る時空腸が太い場合、この前提が崩 れるからである。

 笛式人工喉頭の使用は、食道発声 法の練習の妨げとなるので、使用が 禁じられてきた。  その理由は、器械を用いたから食 道発声ができないというわけではな い。
食道発声の際には腹圧をうんと かけ、気管孔からの息はなるべく殺 すように努める。これに反して、笛 式人工喉頭の場合には、発声時に陶 を収縮しようとして気管孔から大き く息をはき出す。この両者の違いを、 それぞれのみこんで使い分けないと 難しいから、はじめから両方の発声 法と取り組むことは無理だからであ る。

一方、これまでの電動式人工喉頭 は、基本周波数が一定で、アクセン トやイントネーションが付けられな いので、不評であった。
以前、気管 孔から呼気庄で抑揚を付けられる機 種が、発売されたこともあったが、 両手を使う必要があり、笛式人工喉 頭と同様に、食道発声法の棟習の妨 げになることから、しだいに使われ なくなっていった。

 しかし、最近の電動式人工喉頭の 中には、押しボタンの圧力センサー を用い、その押しボタンの押し圧で 振動周波数を変える事ができる「ト ゥルトーン」 という機種が米国の Griffin Laboratories社から発売さ れ、原田産業鰍ェ日本の販売代理店 となっている。
 男性用に基音(ペーストーン) の 設定を100Hz程度に設定し、韻律制 御範囲を100〜200Hz程度に調整し、 詩吟や女性歌手のカラオケを歌う場 合、高音域で急激に音量が減少する
ので、基音の設定を200Hz程度と高 くし、韻律制御耶囲をN00〜uh岩Hz程 度に調整して使えば、二台を使い分 けることで、3オクターブの領域の 原音(基本周波数FO) の声の高さを 自由に変化させることができる。
電 動式人工喉頭の音声は、機械の振動 音を使うので、誰の声なのか判断で きない程、誰でも同じ音色となる。 韻律制御範囲をあまり広くとると調 子が外れ易くなるが、練習しだいで 上手になる。  神奈川銀鈴会では、平成十三年か ら、従来の電動式人工喉頭に対する 評価をやや修正して、食道発声に難 行しているケースでは、使用を薦めて、 兎に角、早期に第二の声の感激を 味わってもらおうとの方針を採る事 になった。

 病院通いが続いて、発声教室に来 ることが難しい人は、自宅で、練習 により、第二の声が習得できる。
食道発声を習得して、話せるようにな った人達も、電動式人工喉頭の利点 を見直し、補助的に使用するように なれば、カラオケや詩吟など趣味が 広がることになると思う。

神奈川銀鈴会の会報第39号(平成24年9月)から掲載しました